家庭の医学

アルコール依存症について(1)

はじめに

人類が「酒(アルコール)」を飲み始めたのは、おおむね新石器時代と言われております。
現在地球上には、ビール・ウイスキー・ジン・ウオッカ・清酒・焼酎・ドブロク・ワインなどなど、挙げればきりがないほどのアルコールが満ち溢れております。

チグリス・ユーフラテス河畔において、B.C.6000年頃からシュメール人たちが築いたメソポタミア文明は、B.C.2400年頃には最盛期を迎え、「都市革命」と呼ばれるほどに都市国家が栄えました。
そのひとつB.C.2350年頃の「ラガシュ」において、何とオオムギの収穫量が1播種の80倍という驚異的なもので、それからパンやビールをつくり、人間のサラリーもオオムギで支払い、それでも余って家畜にも食べさせたと楔形文字で書かれた「粘土板文書」に載っております。
夥しい粘土板文書が発掘されており、そのひとつに「楽しきはビール、苦しきは旅路」というユーモラスな格言が書かれているのもあります。

また、中国においては、B.C.1700年頃、湯王が「夏」を滅ぼし「商」王朝(殷とも言うが、これは商が滅びた後の蔑称である)を開きますが、B.C.1300年頃になって最盛期を迎え、これまた夥しい青銅器の酒器が作られ、それらには甲骨文の銘文が彫られています。
商の人たちの大酒ぶりが想像できます。その特に酒を好んだ「商」も、B.C.1050年頃、「牧野の戦い」で「周」の武王によって倒されます。
そこで武王は、「酒詰」という詔勅をだして(叔父の周公が書いたとも言われる)、商の民の大酒を諌め、目に余る者は殺すと布告しています。しかし、そのあとで武王は、酒に溺れてもしばらく教えよ、とも言っております。

わが国においては、出土する土器類および植物繊維で包まれた大量のニワトコ、ヤマブドウ、キイチゴなどの果実の種の検出によって、縄文時代前期頃(B.C.4000年頃)には酒作りが始まったということが分かってきました。
その後、弥生・古墳期を経て、わが民族は一種の酒文化というものを培ってきたわけですが、終戦後、特に高度成長後に急速にその文化が壊れてきたと思えてなりません。

さて、人類最初の本格的なアルコール乱用と呼べるものは、18世紀初頭、産業革命前夜のイギリスで起こりました。
これは社会学史上「ジン狂」と呼ばれていますが、特にオランダで蒸留酒(ジン)の大量生産の技術が進み、安価なジンが大量にイギリスに流れ込みました。
ちょうどその頃、イギリスでは労働力としての人口流入が都市部に集中し、その下層労働者が慰みとしてジンを乱用した結果、甚大な社会問題を引き起こしたことが原因です。
飲酒問題はさらに増幅され、19世紀を通じて最も困難な社会問題のひとつになりました。
イギリス社会も法律の制定、宗教界の活動、医学界のアルコール問題研究など種々の対応を迫られ、それが今日の「アルコール依存症の研究・治療」に繋がってきました。

ここで、とり上げるテーマは、大きく別けて

  1. アルコール依存おける精神依存と身体依存
  2. アルコール依存症について

の二つでございます。
読みづらいとは思いますが、どうぞ休み休みお読みください。

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